高専ロボコンデータベースをつくっていくブログ

高専ロボコン第30回大会を終えてこれからも面白いロボコンであってもらいたいということで最近の高専ロボコンに感動した自分が満足できそうなデータベース構築のために情報を蓄積していくためのブログです。

ロボット名データベースのライセンスと著作権 その1

 本日、2016年第29回大会「ロボット・ニューフロンティア」の関東甲信越地区大会が開催されました。勝敗を決するための砦の高さによる接戦を期待していましたが、課題が難しかったのか、最初の地区大会のためなのか、優勝した小山高専以外の殆どのチームが砦に箱とシンボルを積むことがなかったようです。過去の大会で表現するならば、1999年第12回大会の「ジャンプ・トゥ・ザ・フューチャー」を思い出させるような大会でした。

ロボット名データベースのライセンスと著作権

 データベースと聞くと、例えばRDBMSのような、大量の情報/レコードとそれを管理し外部にインターフェースを持つシステムを包括したものを思い浮かべるのが一般的だろうが、これまで蓄積してきたロボット名データベースというのはただの情報の羅列に過ぎない。収集するのにクラウド上のスプレッドシートを利用して簡易なデーターベースシステムは構築していたが、ロボット名を全て収集し終えたら、もっと高度なデータベースシステム上に移したいと構想はしていた。

 私のリソースは限られている。システムは従であり、ロボット名が主なのであるから、システムなしで世の中に拡散していってもよいのではないか。システムは得意な他の誰かに任せてもよいだろう。餅は餅屋に。そこで、一塊の問題が出てくる。収集中に情報提供者から尋ねられたことだが、まず利用目的。そしてそれを見越した上での著作権とライセンスのことである。

経緯その1

 本題に入る前に経緯を書いておく。情報提供の歴史的事実*1を整理してきおきたいからだ。

 このロボット名の収集の発端は、実は最近始まったことではなく、20年前以上前に遡る。*2途中、情報収集の興味が薄れたり、時間が割けなくなったりするなど、その灯が消えかけながらも、*3複数人の間で脈々と受け継がれた情報が元になって現在に至っている。最初から話そう。

 私はかつて某大学に進学した。そこには高専ロボコンで満足できなかった、活躍できなかった、そして何かを拗らせてしまった学生が何人か集まっていた。*4勿論、拗らせなかった者もいたが、*5対戦したことがある者、直接会って話したことがある者、テレビ越しに見たことがある者、私から見てそういう者の殆どが、某テレビ局で放送される大学生参加のロボコン国内大会に参加するための同好会に所属していた。

 その同好会に所属していた一人と同じ研究室に属していたことがある。*6彼とは馬が合ったこと、インターネットが日本国内でも繋がりだしたのを契機に個人が情報を世界に発信しだす黎明期になっていたこと、さらに研究室を取り仕切る教授の計らいと研究室全員の協力もあってウェブサーバーを自由に利用できたこと、個人のページを幾つでも持つことができこと、それらが同時期に重なって運命的であったとも言えるが、研究に全く関係のないことを自由に発信することができた。そこで、彼は大学部門だけではなく、おそらく自身形成の一助となったのを感謝するかの如く、大学ロボコンと並行して高専部門のロボコンの情報も取り扱い始めた。私はそれに対し、誰もやろうとしていなかったユニークな試みであることを直感し、またそういう取り組みに参加するのが好きな性質であったので、彼を手伝うことにした。そう、連綿と続く情報収集の発端は私ではなく、彼なのである。名前は明かさないが、木更津高専卒業者とだけ記しておこう。*7

つづく*8

*1:歴史的とは大袈裟かな。

*2:ここでは正確には書きません。誰がどう提供してきたのかが判ればよいのです。

*3:「火を絶やすな」ってゾロアスター教みたいな(笑)

*4:こんな表現は失礼かもしれないけど、今から思うとそう思えます。なんでそう思うかというと...

*5:私は当時は拗らせていなかったと思います。

*6:なんと!この研究室には第3回高専ロボコン全国大会覇者の旧仙台電波高専「テト坊」チームメンバーが所属していたことがあったという。私が教授にロボコンで優勝したことがあると話したら、研究室に所属していた卒業生の中にその方がいたと話してくれたことがありました。

*7:誰か特定できちゃうじゃん!

*8:長々と書こうと思ったんですが、都合上細切れに。